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君はLevi’s × Supreme のコレクションに何を見る


supreme,levis

SupremeLevi’sは2011年から定期的にコラボレーションを続けている。

NYのシーンを掘り返してきたシュプリームと、アメリカンカルチャーを根底から支えているリーバイス。

規模・知名度ともに巨大なマーケットを持つ両者だからこそ、受け手によって印象はバラバラだろう。

しかしジャンルは違えど何かと共通点も多いのだ。転売されて高値がつくところとか。

 

hypebeast.com

 #WEEK14でのリリースはトラッカージャケットと550

4thと呼ばれるハンドポケットがあるデニムジャケットとテーパードの効いたジッパーフライのデニム。

 

シュプリームを知らないリーバイスファン、もとい俺からすれば、なんだか特に変哲も芯もないようなラインナップのように感じる。

しかし、不動の地位を持つ両者がそんなテキトーな仕事をするとも思えない。

一体このコレクションの示すところはどこなのか。

 

 

Supremeの文化性

 シュプリームがスケーターカルチャーの産物であることは誰もが知っていよう。私だって知っている。

その一方で、どうやらスケーターをサポートしているらしいけどそれにしてはアイテムに実用性がないし、そもそもコケてなんぼのスケーターが高い服をオシャレに着こなすってどうなんだろうというモヤモヤは残る。

なんか説明不足でうまく噛み合っていると思えないのだ。

排他的カルチャーが生んだ Supreme(シュプリール) の魅力。 | FUKROO [フクロー]

 

ところが実際シュプリームの背景にあるのはスケートボードそのものというよりはストリートのシーンなわけである。

グラフィティであり、ヒップホップであり、イリーガルなメイクマネーでもある。

一口でストリートシーンと言ってもいろんな解釈があるわけだが、おもしろいと思ったのは80年台、90年台という時代をテーマとして発信しているという説だ。

 

 

例えばSADEのTシャツだったり、デビッド・リンチとのコラボTシャツだったり、最近では漫画『AKIRA』だったり映画「ヘルレイザー」だったり。SADEはイギリスのアーティストだし、デビッド・リンチはアメリカの映画監督、映画「ヘルレイザー」はイギリスのホラー映画、『AKIRA』は日本の昔の漫画。結構めちゃくちゃなピックアップのようにも見えます。

しかし、これらには80〜90年代にルーツを持っていたり、流行したという共通点が。

www.richard-cafeblog.com

 

シュプリームの最近のテーマとしては80's、90'sが追加されている、という見立てだが、それは今のファッションの流れからも読み取れる。色もサイズもデザインもハデなところとか。

そもそもポップカルチャーが広く開かれて多くの人が当たり前に接するようになったのが80’s、90’sあたりなんじゃないか。テレビ・ラジオのような垂れ流しのメディアに加えて、ビデオやCDのような持ち運びが容易な記録媒体が普及し、「これいいよ」というものが平等に消費されるようになった。誰もが知るマスターピースもきちんとピックアップされるようになった。一部のオタクと文化人以外にも価値ある情報が共有されるようになった。

小規模で見過ごされてきた存在が人の目に触れるようになったのである。

 

そして現在、「これいいよ」がインターネットによって過剰に供給されることで、逆に何が何だかわからなくなってしまっているように俺は思う。

あるいは声のデカい人が拡散していく「皆が興味のある(とされている)ニュース」で一色になってしまうおかげで、声の小さいマスターピースは影に隠れてしまう。

 

だからこそ、一種の記憶媒体としてフラッシュバックのように80’s、90’sが取り上げられるんじゃないか。そしてシュプリームはその一端を担っている。

 

リーバイスの普遍性

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一方リーバイスはまさにアメリカ的カルチャーの創始者である。

ゴールドラッシュに始まり、好景気、不景気、反戦、反体制、反権力、ジーンズは常にスタンダードでありながら、反骨の象徴でもある。

 

1879年に生産されたとされる、現存する一番古いリーバイスのオーバーオールは15万ドル(当時で1200万円くらい)で落札されている

原宿に行けばヴィンテージのリーバイスが10万円とかで店頭に並んでいる。

「転売」とはニュアンスが違うが、二次流通での値上がり率はシュプリームに引けをとらないどころか、ケタが違うのである。

openers.jp

 

そのリーバイスが今確固たる地位を持っているのは、単にジーンズを最初に作ったからと言うだけでなく、膨大なアーカイブを持ちながら常に変化しているからだと見ている。

 

いわゆるロットナンバー501に代表される高品質なラインのみならず、517、606、スタプレ、トラッカージャケット、最近の日本だとロゴドンTシャツなど、全世界のカジュアルの基礎であり象徴でもある。それは変容するアメリカの中で培われてきた圧倒的な基盤、そしてその基盤があるからこそチャレンジできる膨大なアーカイブによるものだと考える。

 

去年はコーンデニムホワイトオーク工場の閉鎖などショックな出来事もあった。メイドインUSAはおそらく終了するとも言われている。しかしながら過去もリーバイスはバレンシアガ工場の閉鎖など逆風にさらされては今までしぶとく生き残っている。

 

ジョーダンコラボで店舗が修羅となったりもしたが、それは大いなる変容の一部分に過ぎないように思う。

限定数139に8000人超…リーバイス×ジョーダンのコラボ、警察も出動し原宿店は一時販売中止→再開の大混乱 - Togetter

 

501がもはやジーンズであることすら放棄しそうな勢いではあるが、それも別にいいんじゃない?と今では思う。君は雨や風にいちいち怒るか?もう俺の中では501というナンバーはそういう自然現象とかになりつつある。

音楽を、クラフトマンシップを、LGBTを、映画を、変革を、反骨を、和解を、全てを飲み込む象徴なのだ…というのは言いすぎだとしても、それらに少なからず関わってきた歴史を持っているという点で、やっぱ何かしらの意味を見出しちゃうんだよな。

www.sfg.blue

 

90’s

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今回のコレクションで取り上げられている550はリーバイスの90年台の品番だ。

様々な古着サイトを見るに、どうもこの550は腰回りにゆとりがあり、テーパードがキツく、デザイナーズのようなシルエットをしているとのこと。

90s Levis, 550 LAILA

 

昨年シルバータブが復刻されたリーバイスだが、この2018コラボでもコンテンポラリー推しのようだ。ただ1つ疑問なのはコンテンポラリーってなに?

俺の中ではケレン味としての文脈がないかっこよさだと思っている。無機質で温度が低い感じ。

逆に去年、2017年のコラボはケレン味を感じる熱いコラボだった。柄とか強い色とかロゴとか。

Supreme × Levi's 2017SSコラボアイテムが5月13日 Week12に発売予定【トラッカージャケット、505型のジーンズ】

 

コンテンポラリーの本当の意味は「現代的」とか「今この瞬間」みたいな意味だが、なんとなく文脈で判断すると、共有していないとわからない前衛さと置き換えることも出来る。

ロゴや色やシルエットでわかりやすく表現するかっこよさは、理解されやすい。

パット見の鮮やかさ、色や形の持つ印象のおかげでどんな人にも伝えることができる。それがケレン味であると思う。

 一方、コンテンポラリーはその逆を行く。シルエットは特異に変化し、色はぼやけてなんだかわからなくなり、その人を定義する言葉は段々無くなっていく。

 

これってまさにポップカルチャーの変遷で、80’sの暑くるしくてうるさい感じから90’sのダルくて白けた感じと似通っているところでもある。

テンションが高くてワクワクする80’sから、内省的で鬱がちな90’sへの変遷は、服からも見て取れる。

 

この#WEEK14の彩度の低い感じや主張がおとなしい感じがまさに90’sのそれであり、それははからずもリーバイスが既に通ってきている道でもあるのだ。

 

 

まだ見ぬカルチャー

かっこいい服を買ったり、かっこいい格好をするのが簡単になった。

かっこいいというのはより多くの人、より多くの異性に媚びることが出来る”ファッション”のことだ。

女にモテるためのファッション、浮かないためのファッション、トレンド最先端でいいセンスしてると思われるためのファッション。

しかしそんなファッションとは別に、必要から生まれるスタイルもまた存在する

 

埋もれているものをピックアップしキュレートするシュプリームが最新の情報を拡散させるスマートフォンだとするなら、古くからのアーカイブを貯め込んでいるリーバイスは価値ある情報が詰まっている図書館か博物館だ。

世界で生まれる膨大な情報量は、短い人間の寿命では追いきれない。だからこそ、シュプリームやリーバイスの提示するスタイルから価値を読み取っていくのは今この瞬間を生きている証明でもある。

まだ知らない世界を見せてくれることに、俺は期待してしまうのである。