いくらテクノロジーが進んでも平和になんかならないということは周知の通りだ。
世界がネットワークで繋がってもろくなことがおこらない。
自前の損得だけ考えて行動すれば世の中はより良くなるはずなのだが、そうはならなかった。
神の見えざる手によって地獄に叩き込まれた我々にできることは、まともな悪人を選ぶことくらいしかない。
主張をするだけして人の意見は聞かない市民、低俗なプロバガンダで恐怖心を逆撫でするメディア、人を集めるだけ集めて管理は後回しのプラットフォーム、勝利のために個人を平然と踏みにじる政治組織。
かといって一度食べた知恵の実を吐き出すことなど到底無理な話だ。使い慣れたナイフとフォークを手放し、手づかみで食事をしようとする人などいない。
グレートハック
NETFLIX制作『グレートハック』の舞台は、アメリカ大統領選挙とブレグジットにおいてフェイスブック上で展開されたキャンペーンだ。
ケンブリッジ・アナリティカという企業は、政党から依頼を受け、
・フェイスブックの個人情報を利用し、
・恐怖心を感じやすい人を行動・言動データから探し出し、
・ピンポイントでフェイクニュースを流していた。
この”恐怖心を感じやすい人”の総数は僅かだが、その数%の票差が接戦区に勝利をもたらす。こうして2016年の合衆国大統領総選挙はトランプ一色に塗り替えられた。
『グレートハック』ではアメリカ大統領選挙およびブレグジット国民投票において、フェイスブックのデータを不当に扱った、ケンブリッジ・アナリティカのキャンペーンが主題に置かれていたが、同じような問題はどこでも思い当たる。
例えば、ジーンズは職場に適さないと思っている人がいるとする。
彼らの多くは漠然と思いを抱えているだけで、声を上げて主張したりはしない。外から見る分には大多数の「ジーンズ職場でアリ派」とそう変わらない。
そうした「ジーンズ職場でナシ派」、声を上げないが現状に不満をいだいている人を、個人情報データから割り出し、ピンポイントでジーンズのネガティブキャンペーン広告を配信する。
「ジーンズを禁止しろ」という世論を作り上げ、ジーンズから国民を守る党が過半数の議席を勝ち取れば、ジーンズへの関心は国民全員の民意となり、メディアはジーンズ一色になり、人々の話題もジーンズが中心となる。ジーンズの関連企業は民衆から石を投げられ、廃業を迫られる。保守的なテレビもリベラルなwebメディアもジーンズを話題の焦点に置かざるを得ない。
ジーンズに恐怖を感じている一部の市民を動かすことができれば、多数決によってジーンズ禁止が民意となる。
SNS、あるいは個人情報データを使用すれば、対立は意図して作り上げることができるのだ。
きのこたけのこ国民総選挙
きのこの山とたけのこの里というスナック菓子があって、この2者にはそれぞれファンが付いている。両者のファンはふざけて互いを貶し合い、自分の好きなほうの合理性を主張する。「きのこはカス」「たけのこの里が好きなんて味オンチ」。しかしきのこの山もたけのこの里もどちらも似たようなただの菓子であり、そこにイデオロギーやアイデンティティを感じている人などいない。いないけど、まじめに議論や舌戦を繰り広げる。
これが”きのこたけのこミーム”の正体であり、ただの他愛ないけんかのまねごとにすぎない。
それをジョークだと思わず本気で受け取る人が出る。
文脈が分断されているSNSの短い文章からは、真意を読み取るほうが難しい。
ヘイトを振りまく熱心なファンの言動は、少なくない人に影響を与える。
感化された熱心なファンは倍々ゲームに増えていく。いつしか議論は白熱し、本当に決着がつくまで血で血を洗う紛争が始まる。歴史やデザイン、食感、原材料など、もっともらしい根拠で互いの優位性を競い合う。勝敗などどこまで行っても決まらない。そもそもの出発点がおふざけだから。
しかし多くの人が集まる場を、悪人は放って置かない。すでに対立構造ができているなら、煽るだけ煽って、争うだけ争わせれば、発生する利を漁夫として得ることができる。メディアにも、メーカーにも、プラットフォームにとっても、対立はチャンスでしかない。
「きのこ派がたけのこの里を粗末に扱う卑劣なパフォーマンス!」
「たけのこ派はきのこ派に比べ、生涯所得が32ポイント低い研究結果に!」
問題のあるコンテンツは面白がられて多くのシェアを集める。多くの人はふざけているだけだ。しかし、一部の本気で受け取ってしまっている人たちの票が勝敗を分ける。
ここまでくるともはや分割統治であり、なんだかよくわからないもののために人々は本気で争い、悪人に資本だけを奪われる。疲弊し、ジリ貧の、選択肢が極端に少ない人々の前に現れるのは、また別の対立構造だろう。
作られた対立を何もせず飲み込むのか?
その憎悪は本当に自分のものなのか?
というか別にどっちでもよくないか?
市民の恐怖心を操り、対立を煽り、分断させる背景には、必ず権力や富がある。
私は、きのこたけのこ国民総選挙に、ここで反対を表明する。
私は、SNSで対立を煽るあらゆるキャンペーンに断固反対していく。