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禁煙記録日報


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増税前に買い込んだカートンがなくなってしまった。煙草はいつだって急に値が上がる。

家族のため社会のため何より皆さんの健康のために!いざ禁煙しましょう!という風潮にやすやすと従ってたまるかという気持ちと、喫煙者もまだ頑張れるだろうしもうちょっと煙草絞っちゃおっか?みたいに決められた税率に簡単に頷いてたまるかという気持ちが同時に存在している。俺はタバコを生産も流通も販売もしていないし、崇拝も信仰も尊敬もしていない。しかし今後一切人生から切り離されるとなると躊躇してしまう。俺は数年ごとにナンプラーを買っていて、たまに何かの料理に使うことはあるけど、普段の自炊で毎回使うわけではないし、ちょっとナンプラー足そっかなと思ったことも一度もない。たしかにナンプラーを使い切ったためしはないし、俺が買ったナンプラーは必ず冷蔵庫で賞味期限を迎える。だからといってナンプラーは今後一切禁止となるとゴーヤチャンプルを作るたびに不足感を味わうことになる。

 

もし政府がタバコを禁止、タバコ的な電子機器も禁止、ハッパを紙に巻いて吸う行為は全面的に禁止するというなら、一度タバコを知ってしまった以上、その後はタバコが欠落した人生を歩んでいかなければならない。ああきっとタバコが吸えている平行世界では今頃スパーとやっているのだろうなあと考えながら、コーヒーを飲んだりするのだろう。幸運なことにここ日本では喫煙者の割合もそこそこ多く、しかも政治屋もけっこう根強く愛煙しているというあたり、この悪習はなかなかなくならないだろうなあと俺は思う。宗教色の薄い国ではルールが急に大きく変わりにくい。みんな何に従っていいかわからないから昨日と同じことができないと不安なのだ。俺はイデオロギーの話はしていない。雰囲気の話をしている。

 

昨日の昼、カートンで買い込んだうちの最後のタバコを吸ってしまった。

 

これで禁煙してもいいし、別に新しく買ってもいい。誰に決められたわけでもない。仕事をしたり家に帰ったりしてもコンビニまで出かけて調達するほどの欲求には見舞われなかった。ニコチンが切れてイライラするという症状も俺にはあまりわからない。そういう人はニコパッチを貼ればいいと思う。日々あらゆる場面で紙に巻いた葉っぱに火をつけるのに適したタイミングがあって、その時たまたま紙に巻いた葉っぱを持っているから火をつけているだけだ。

 

禁煙をすると健康になるというがこれも正直疑わしい。アルコール中毒になった肝臓はいわばピクルスと同じ状態であって、いくら水で洗っても元のキュウリに戻ることはない。同じように喫煙者の肺も、死んだあとに胸をかっ広げでもしない限り溜まったタールを掻き出すことなんてできないと思う。これは別に酒や煙草に限った話でなく、一切の添加物や不純物を体に貯めずに生きようなんてヤバめの研究室で育たないと到底無理な話であり、これをデトックスだの何だので汗で流そうなんていうのはどうかしている。多分人間が無菌状態が保たれてたヤバイ研究室育で育つと、どこかのタイミングで逃げ出したくなると思う。で、変なパジャマを着たまま、どこかのビルの屋上で、脱走を助けてもらった研究員の手を握りながら言うのである。「あーあたし、死んでもいいから一回タバコ吸いたかったんだよね」夜はよく眠れた。

 

そのまま特にタバコを吸いたいとも思わずに一日がたった。夜、ベテランという映画を見た。煙草を吸うシーンがあった。どんなシーンだったかは忘れた。特に重要な場面でもなかった。

でもタバコを吸っていたなというのがずっと頭に残っていて、コンビニに寄った時についタバコも注文してしまった。

 

今回の禁煙記録:30時間