無塩せきガソリン

SALT-FREE GASOLINE

MENU

フォーリング・ダウン(1993)と無敵の人


タクシードライバーやファイトクラブやアメリカン・ビューティーみたいに、真面目なはずの人がなにかのきっかけでブチ切れてしまうような話が好きだ。そういう真面目な人がブチ切れる話には、つまるところ救いがある。世の中のほうが間違っているということを教えてくれるからね。

 

フォーリング・ダウンもそういうブチ切れ映画の一種だ。ブチギレ映画っていうのは今俺がパッと思いついたものだから、もしかしたら世間的にはそういう見方をされていないのかもしれない。が、そういうジャンル分けは今回の話とはあまり関係ないから気にしないほうがいい。

マイケル・ダグラス演じる中年サラリーマン風の男、D-FENSと呼ばれる彼は、行く先々でブチ切れながら騒動を起こす。コーラが高いだのモーニングメニューを昼も提供しろだのその要求はしみったれたものだったりもするけど、D-FENSの言っていることには一理あるし、彼は唐突に銃で脅したりするから、みんなが腰を抜かしてしまうことになる。

でも彼は間違ったことは言っていない。ぺしゃんこのハンバーガーを手にすれば、誰もが広告がインチキだって分かる。

 

www.youtube.com

 

そういうものに異を唱えることができるのは、彼が本当にイカれちゃったからなのか、それともやっぱり社会通念とか常識みたいなほうがおかしいからなのか、知らぬふりをして黙って見過ごすのが大人の対応ってやつなのか、わざわざ不正を掘り返す子供は黙らせるべきなのか。そういう誰もが持っているモヤモヤをマイケル・ダグラスが鈍器やサブマシンガンやロケットランチャーでぶっ飛ばしていく、爽快な映画だ。

 

D-FENSと警察官

f:id:cte26533:20180825015914p:plain

子供にバズーカの撃ち方を教わる主人公


およそほとんどの人は、自分の思っていることは正しいと信じているし、そしてそれは多分ある側面では正しい。D-FENSだって劇中ではあくまで常識的で良心的な目線で物を言っている。コーラが高いとかハンバーガーがペシャンコだとかという彼の言い分は、ほとんどの人にとって納得できるものだ。彼は至って普通の善良な市民であり、暴力的なギャングではない。悪徳経営者でもない。ひどい差別主義を持ったネオナチなんかとはぜんぜん違う。今まで黙っていただけの圧倒的マジョリティだ。

 

一方、この騒動と同じ日に退職をする警察官が対となっていて描かれていて、彼は最終的にD-FENSを追うことになる。こちらの警察官も職場にはバカにされていたり、妻は軽くヒステリーを起こしていたりと、また違ったストレスを抱えているんだけど、その圧力を跳ねかえし、D-FENSと対峙することになる。

D-FENSには「家に帰る」という大きな目標があって、劇中でもうわ言のように繰り返している。まだこの映画を観ていない人にとっては「家ぐらい騒動を起こさずに普通に帰れよ」と思うかもしれないけれど、彼にとって当たり前は当たり前ではなくなってしまったんだよね。

物語は当たり前を真正面から撃破していく男と、当たり前の中でもがきながら意地を通していく男の、最後をかけた対決に収束していく。中途半端な思考停止のフェイクたちは途中で簡単に退場していく。この映画において疑問を持たないやつらは画面に映る価値がない。最後まで屈しない者だけが生き残る、極めてピュアな物語だ。

 

無敵の人

まあ言っちゃえばこのD-FENSは離婚をしていて、親権を妻に取られ子供にも会えず、さらに真面目に勤めてきた職場を追われて、心配性な母親のために昼食を持って通勤しているふりを毎日続けているかなりキツい状況だ。「職場にも友人はいなかった」と言うようなセリフもポロッとこぼすし。「教養はあるんだけど手に職がない」みたいな怖いことをサラッと言ってしまう。

いうなれば彼は家庭も仕事も失い、正しさだけをこじらせた”無敵の人”だ。

 

”無敵の人”に対してほとんどの人は怒りとか、あきれとか、「恐ろしい恐ろしい」とか、そういう感情を持っていると思う。仕事や家庭やコミュニティを持たない中年男性は、やはり奇異の目で見られるだろう。そしてそれは多分キモくて金のないオッサンのヴィジョンと直結しているせいもあるかもしれない。

 

俺はそういう無敵の人に怒りとかあきれとか恐怖みたいな感情は抱けなくて、単に自分と地続きに見える。そこに到達するかしないかの心配をしてしまう。無敵の人はある日突然ポンと変身するのではなく、徐々に到達していくものだと思う。

仕事も家庭もコミュニティも、ある日突然ポンとはなくならず、徐々にうまくいかなくなる。自分は正しいはずなのに、向こうは訳知り顔で間違いを選択し続ける。なんで俺の言うとおりにしない、このままではある日大きな間違いに引き返せなくなるぞ、しかしどこかで自分が間違っているのではないかという疑問が、自分を蝕んでいく。

この圧力がどんどん大きくなって自分の大切なものを全部潰してしまったその後に、刑罰も世間的評価も、何を失うことも恐れない無敵の人が完成してしまう。と、こう思っている。

まあこれは俺が思いついたことだから、今の話とは関係ないわ。

 

こういう真面目な人がブチ切れてしまう映画って2000年以降にあんまり見ない気もする。俺のサーチが足りていないだけなのかもしれない。実際にこういうブチ切れが現実に噴出してきているから、というようなことはないだろうけど、2018年に描かれるテーマとしてチンケな感じになってきているのだとしたら、ちょっと嫌だな。

より凶悪な麻薬王や政治犯の話にも、正義をとことん貫くヒーローのストーリーにも、救いはあんまり無いからね。