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狂った野獣(1976)


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すごいものを見てしまった、という映画体験は何度かある。

感動して泣いちゃったとか、伏線が完璧に回収されたとか、どんでん返しでびっくりしたとか、そういう些末な部分じゃなくて、異様なものが映ったフィルムを見せられていたときにこの体験は起こる。

こういうエクストリームなものを観てしまうと、”なんかすげーことがおきている”と一発で分かるようなやばいものこそ、エンタメの核に近いのだということを思い知らされる。

理屈や正しさが通らない世界がそこにある。

 

あらすじ

銀行強盗がバスジャックをして京都市内を逃げ回る。以上。

 

狂っている

任侠や時代劇なんかの映画には、とにかく気迫で持っていってしまう人というのがいる。

その中には「この人は多分モノホンなんだろうなあ」と伺わせる人もいる。

モノホンっぽくダダ漏れるえげつない雰囲気は、暴力とはまるで縁がない俺でも感じ取れる異様さを放つ。

画面で何も起こっていなくてもつい目を離せなくなってしまう。

 

狂った野獣にヤクザやマフィアは出てこない。行われる犯罪も、バスジャックそれ自体を除けば簡単な強盗くらいしかしていないし、いちいち取り上げるほどでもない。人も殺したりしないし、過度な暴力も振るわれない。

ところが、映画の中でバスが出発してから停止するまで、つまりこの映画のほぼ全編に渡って、異様な空気が充満していてずっと緊張感に満ちている。

それは行われている出来事が異常でえげつなくてモノホンだからだと俺は思う。

 

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顔と汗がすごい

 

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走るバスから振り落とされる渡瀬恒彦

(のちにあっさりとバスに戻る)

 

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ちゃんと小屋とかに突っ込んでくれる

 

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ちゃんとパトカーは爆発炎上する

 

www.youtube.com

 

バス内でもみくちゃになるシーンなんかは微妙に早送りになっている。

有名どころだとマッドマックス怒りのデス・ロードでも同じように早回しが多用されている。

 

サービス満点

序盤の息が抜けないサスペンスから、後半の無茶苦茶なクラッシュまで、随所にサービスが盛り込まれているのも印象的だった。

くすぐりというか、フックというか、話の筋に直接関係ない遊びの部分というか。

 

象徴的なのが、主演の渡瀬恒彦は目がよく見えないという設定がバスの顛末に全く関係がないところだ。

ものが重なって見えるし、そういう演出をするおかげで、渡瀬恒彦は目を細めて顔をしかめながら運転するんだけど、あわやというところではしっかりバスを障害物を避けるし、逆にぶつかるのはパトカーとかみたいな壊してもいいものばかりだ。

もしきれいに伏線にするなら、目が見えないおかげでバスになにか致命的なダメージを受けるとか、逆に健康な状態だったら食らっていたであろう目潰しを回避できたとか、そういう話になるんだろうけど、そういう無理なつなぎは一切ない。

だが、必要ないのかというとそういったこともない。

顔をしかめながらよく見えないなかを運転している主人公にはハラハラしてしまうし、そしてハラハラした感情それ自体は事実だ。

こういうちょっとした遊びが多層に重なって、映画のリアリティを固めていく。

警官は意味なく事故に遭うし、パトカーは意味なく横転するし、大人は意味なく薄汚い。

それがこの世界のリアリティだ。

 

40年前の映画

狂った野獣が公開されたのは1976年、CGもない、スタントや爆発、撮影技術だって遅れてる。それに、映画に求められているものも当時と今ではまったく違う。

だが、より原始的でより野蛮でより危ない、そんな人間が見たいものがバシッとまとめられているためか、全く色あせないし一秒も退屈しない。全然古くない。

トレンドではない、過剰な演出でもない、複雑怪奇で意地悪な問題提起でもない。迫力を具現化したような”なにかすごいことがおきている”映像であり、脳の芯に直接刺さる、直球のエンタメでもある。