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映画トランスフォーマーはつまらないのか


映画トランスフォーマー(原題:TRANSFORMERS)はとにかくめちゃくちゃだ。

宇宙から飛来した金属生命体トランスフォーマーが、車や飛行機、電子製品などに擬態する世界を描いた、現時点で5作の続編が作られている超大作映画である。

悪いトランスフォーマーであるディセプティコンがやたらと地球を侵略しようとするので、良いトランスフォーマーのオートボットと人間が手を組んで戦う...というのが全作に共通する大まかなあらすじ。

 

 

 

このトランスフォーマー、観客動員数や興行収入がシリーズを通して世界的には記録的な大ヒットなのに対し、映画評論家をはじめ映画好きからの評価がとても悪く、日本での興行成績もあまりパッとしない。

 

トランスフォーマーを実際に観て「なんなのこの映画全然面白くないじゃん」と思った人も多いだろう。

しかし、面白さのかけらもない映画が世界的なヒットを飛ばすだろうか。

今一度、トランスフォーマーが実のところどういう映画なのかを改めて考えていきたいのだ。

 

トランスフォーマーは大作映画なのか

シリーズとして続編がドンドン投入される大作映画は多い。

スター・ウォーズとか、マーベル・DCのようなアメコミヒーローユニバースとか、少し昔だとハリーポッターシリーズとか。

映画そのものだけでなく、玩具、ゲーム、コミックス、アトラクション、広告など、娯楽の名が付けば即座にタイアップするような規模と経済力がそこにはある。大作映画の世界は映画の中に終始しないのだ。それはもちろん多くの人に認知され、多くの人に人気がある作品だからこそこうした展開が可能になる。

 

だからこれらの大作映画は政治的・映画的に正しくないといけないし、誰が観ても面白く、それでいて誰にも不快感を与えないような作りになっていないといけない。

ディズニーのプリンセスは戦うようになり、アメリカを救うヒーローは国籍豊かになり、どんな悪役もそれなりの動機と背景を持つようになる。

でないと、上記のタイアップの印象が悪くなったりしてしまう。

 

ではトランスフォーマーはどうなのか。

 

大作映画とは思えないキャラ・脚本・演出

もちろん予算や興行収入で見ればトランスフォーマーシリーズはシリーズ全部が超大作級だ。

しかしその規模とは裏腹に、映画を構成する要素は低予算B級映画そのものなのだ。

 

トランスフォーマーの主要人物は役者が交代したりしているが、基本的に全員白人である。

そして主人公...1,2,3,のサム、4,5のケイドは共にいざというときは正義のもとにマッチョに活躍するけど、普段は夢見がちなボンクラというキャラ設定である。

そして登場するキャラクターのほとんどが、ホットでセクシーな若い女性、勇気ある軍人、威厳があるけど身の危険が迫ると急に卑怯になる重役、ちょっと異常な科学者など極端にキャラクタライズされた人物ばかりなのである。

 

そのような人物配置はキャラクターの文脈で展開の説得力を強化する(ボンクラが頑張る→盛り上がる)。

その一方で人物はどんどんステレオタイプ化し、本来十人十色であるべき人間を一括りにしたような描き方になってしまう。つまり、人物描写が浅い

これはもちろん多くの人が観ることになる大作映画ではご法度だ。

我々は水戸黄門を知っているからあの物語を飲み込めるが、何も知らない人は「チャンバラする意味ある?」「なんで印籠を見せるとみんな土下座するの?」「そもそもなぜ一般人に紛れようとするの?」「最初から印籠見せてればすぐ解決するんじゃない?」「なんで刀で斬られたのに死傷者がでないの?」など疑問だらけで楽しむどころではない。

本来年齢も住む所も違う人が同じように話を理解するためには誰にでもわかりやすい配慮が行き届いていないといけない。

しかし、トランスフォーマーではキャラクターの文脈ありきで強引に話を進める、大作映画としてありえないつくりになっている

 

じゃあこの人物描写浅すぎ問題は深刻なのかというと、実はそんなに大したことではない。

映画そのものにとってクリティカルな話では全然ないのだ。

トランスフォーマーは大作映画である以前にマイケル・ベイ監督作品だからだ

 

監督マイケル・ベイという男

マイケル・ベイは『バッドボーイズ』でデビューした後、『アルマゲドン』、『パールハーバー』など、アクションと火薬と愛国心で、世界中の映画ファンの心をつかんでいった。

特徴的な画作りやカメラワークはベイヘム(Bay-hem)とよばれるなど、あるあるとしてネタになっているほどだ。

ここで多くの人は「なんだ、じゃあマイケル・ベイの映画って人気取り優先のド派手アクションばっかりなのね」と勘違いしてしまうが決してそうではない。

マイケル・ベイ映画は決して最大多数に好まれる大衆娯楽作品ではないのだ。

 

トランスフォーマーでも顕著なのは、本筋に一切必要のないしょーもないギャグ、本筋に一切必要のないただハラハラするだけの演出、本筋に一切必要のないただかっこいいだけのカット、ちょくちょく隠しきれていないアメリカナンバーワン!USA!USA!のような右翼思想など、マイケル・ベイの美学優先の世界だ。

トランスフォーマーは決して人気を狙ったビジネス大作映画ではなく、あくまでマイケル・ベイ監督作品として成り立っている。

 

日本で多分一番知名度のある似たような映画は、テッドだと思う。ボンクラが、多少自虐的に、半ば投げやりに馬鹿笑いできる感じ。トランスフォーマーの、ひいてはマイケル・ベイ監督作品の本質は、アメリカのどうしようもないオタクが見に行く映画だということなのだ。

 

 

ちなみに撮影の仕方も、爆薬を実際に爆発させて撮った後でCGを足していると言う。

一見VFX盛り盛りのロボットが活躍する映画にも関わらず、実写へのこだわりが特に強いというのも、マイケル・ベイの作家性だと言える。

 

CGそのもの、特に変身シーンなんかはシリーズを重ねるごとにどんどん複雑になり、どんどんワケがわからなくなるが、映画が途中から見せ場優先・展開優先になりサッパリストーリーがわからなくなるというところともリンクしている。

あれも足してこれも増やしてと無理矢理詰め込んだ結果でベイヘムになる。

だから、脚本がメチャクチャだという言及は全く筋が通っていない。トランスフォーマーのストーリーなんか最初からわからなくていいのだ。

ジェットコースターに乗る時に「あ、今左に曲がったな。ということは今このへんで次はこうだな。流石。さっきの一回転が効いてるね」とか考える?

ワケわかんなくていいんだよ!

 

つまりマイケル・ベイ監督作品は誰もが安心して観ることの出来るファミリームービーなんかハナから撮っちゃいない。一部のオタク向けの美学優先の映画なのだ

 

ちなみに俺の特に好きなシーンはダークサイド・ムーンのほぼラスト。

なに?ネタバレ?ネタバレとかこの映画関係ないから。ネタバレあったところでどうせわけわかんないから。

それまで全く活躍していなかった悪の親玉メガトロンが思い出したようにオプティマスに戦いを挑むが、あっさり惨殺されてしまう

その後オプティマスは間髪をいれずに、魔が差したというか本人なりの正義に従っていただけのはずの先代リーダーを容赦なく銃殺

この終盤、最後の最後でテンポよく2KILLという今までのストーリーもへったくれもないラストバトル、正義のヒーローとしてありえない残酷さを遺憾なく発揮するオプティマスにはシビレてしまった。

全編通してこんな感じだから。

マジで。

 

日本におけるトランスフォーマー

トランスフォーマーは海外の盛り上がりに比べて、日本での興行収入は決して良くない。

1,2作目では日本に対する目配せも多少あったのに、あまりヒットしなかった。

それは日本での不発以上に、世界市場において日本の市場規模が小さいものになってきているのだろう。

1作目の2004年とは情勢も結構変わってしまっているし、言うまでもなく4作目のこれでもかというくらい露骨なプロダクト・プレイスメント(映画内広告)は中国市場にしっかり狙いを定めていた。

 

しかし、マイケル・ベイの作家性は日本の娯楽のそれと繋がるところが大いにあると俺は思う。

それは極端にキャラクタライズされた人物描写、文脈ありきですすんでいくなんとなくの展開、ボンクラが女と車を手に入れて陰ながら世界を救っているというダメ男サクセスストーリーなど枚挙にいとまがない。

キャラクターが記号化するのはアニメ、ドラマ、果ては落語などでも見られる。文脈と展開でなんとなく話が進むのも少年漫画的だ。ボンクラムービーなんか、もろにセカイ系・転生系というジャンルで存在している。

 

そして、要所要所で確実に”キメる”ショットを入れてくる。

そのたびに映画館では「いよっ!ベイ!」みたいに大向うから声がかけられる。

そういうふうにして楽しむ、モロに日本人に刺さるエンターテインメントになっているのだ。

 

トランスフォーマーを子供向けのお気楽映画だと思ったら大間違いだ。

ストレス過多、超オタク向け、限られた一部の人がメチャクチャにされるのを楽しむ映画だと言うことを認識してみて欲しい。

 

面白いかどうかなんか自分で決めろ

エンタメなんか視点を変えれば面白くなったりするものだ。

ことファンがついている作品なんか、ハマるポイントがあるから好まれているわけだし、そういう意味では面白いつまらないという評価軸よりも好きか嫌いかに分かれていくものだと俺は思う。

 

だから、「つまんね〜」と思っておけばいい。お前が自分で判断しろ。

他人に言われたから評価を変える必要なんて一ミリもない。