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ビジネス・商売・せどり・転売

〜3ヶ月前

古着屋で値札やフラッシャーが付いたままの新古品のジーンズを見つけた。

その商品の定価は2万円くらい。

売値は9000円。

こんなん五千円くらい乗っけて転売できるやんと思ってすぐ買った。

帰ってすぐ写真をとってオークションサイトに登録した。

 

〜2ヶ月前

音沙汰が無いのでよくページを見返すと、品番の記載を忘れていて、検索で引っかからないような登録の仕方をしていた。

なんか一気に冷めてしまって、商品の登録を削除した。

どうせサイズは合ってるから次に穿くジーンズにでもしようと思い、クローゼットにしまった。

 

〜1ヶ月前

どうやらそのジーンズの仕様が変わってしまったようだ。

セルビッジがなくなるらしい(それでも生地感は大差ないとのこと)。

そしたらどのみちファンはセルビッジ付きが欲しくなるに決まっている。

俺の持っているジーンズがデッドストック品となったのだ。

 

〜ちょっと前

フリマアプリにほぼ定価で登録しておいたら、売れた。

まあそうだね。今後もっと値上がりするかもしれないし。

 

ここで一つ疑問が湧いた。

俺がしたことはどういう商売だったのだろうか。

 

ビジネスの形態

安く買って高く売るというのが商売の基本だ。利益こそが付加価値であり、売れないということはそれほどの価値が無いということだ。どのような形であれ、価値を捻出できれば利益が生まれる。

 

転売は希少価値を利用している。例えばシュプリームとか一部のスニーカーとかゲーム機とか色々あるらしいけど、手に入りにくいものを人海戦術である程度ストックし、高値で売り抜けるというのが転売のモデルケースだ。

 

せどりは在庫価値かな。店で置けなくなったりセールで捌けさせたいものの在庫費を自分で持つことで、利益を生んでいる。ただ、こちらは特に大きな利益にはならないだろうし、商品の定価以上の値は付けられないだろう。

 

商売は店を構えるなりネットショップなり、営業力こそが物を言う。メーカーやブランドにとっても「売れる」店は貴重だろう。しかしオフィシャルな店で在庫を腐らせてセールを連発すれば、ブランドの価値を下げてしまうだけだ。ブランドと店と客層の相性が肝だ。

 

アメリカから501が消えた日

日本でリーバイス501のヴィンテージブームが起こった1980年代、多くの日本人がアメリカ本土に渡り、ショッピングセンターから地元の商店までくまなく探し、1960年以前に生産されたジーンズに類する衣類をそっくり日本に持ち帰ってしまった。ジーンズは日本に到着すると、10万円の値札が付けられた。(※参考:アメトラ)

www.sfg.blue

 

このように、誰も価値を見出していない場所で眠っているお宝を目ざとく見つけ、熱烈なファンの鼻先に持っていく、というビジネスがある。これは転売・せどりとはその性質が異なる。そのビジネスの利益は当人の目利きや値付けのセンスに大きく左右される。

 

ある個人でやっている古本屋には、ほとんど客は来ない。

店主は地方の名家で死亡者が出たときだけ店を閉める。名家に直接乗り込み、古書をまるごと買っていく。そして、一冊か二冊ほどの目当ての本を選ぶと、残りは全部リサイクルショップに売ってしまう。東京に持って帰った2冊ほどの本は何十万円でコレクターに売られるのだという。

 

行列に並んで買った商品をすぐ売る

商材を選べばそんなに苦労をしなくてもいい。人気があるものなら手に入れるのは苦労するが、売るのは簡単だ。むしろ店に並んだり注文ボタンをクリックする人員のほうが必要になる。

 

かつての裏原ブームの際も、行列に並んで買った商品を向かいの古着屋に売る”商売人”がいたという。高級腕時計でも、買ってすぐ質屋に持っていく人がいるらしい。今で言えばシュプリームやイージーブーストがそういう扱いなんだろう。

 

リーバイスディガーや古本の目利きなんかはロマンがあって話も面白いのに、こういう転売屋の話はなんでつまんなくてダサいんだろう?目当ては金なのは両者に共通しているし、服とか高額商品であることも同じだ。商品のトレンドや客の動きを見なければいけないところも。

 

過剰なニーズに対して供給が少ないもののファンは熱狂的になってしまうものだ。手に入れられないストレスは筆舌に尽くし難いし、手にした時の喜びはひとしおだろう。その感情の落差をうまく利用してビジネスを行われている。俺はそういう熱狂的なムーブメントをどこか冷めた目でしか見れない。

 

俺は1980年に生まれてリーバイスを探す仕事がしたかった。