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AMETORA(アメトラ)日本がアメリカンスタイルを救った物語...主に感想

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AMETORA(アメトラ)日本がアメリカンスタイルを救った物語』(以降アメトラ)はアメリカで出版され、話題になった書籍の和訳版。

アメリカ人の視点から日本のファッションカルチャーの変遷をたどる内容なのかと思っていたが、その中身は日本の戦後史から人気ファッションブランドの成功の秘訣まで多岐に渡る

 

とりわけ重要なのは日本のファッション感覚はいつの時代もあまり変わらず、もはやその感覚それ自体が外国に輸出され始めているということだ。

 

 

 

アメトラとは

アメトラ(本書)の原書はアメリカ人執筆家のデーヴィッド・マークスが2015年に出版した『Ametora: How Japan Saved American Style』。

アメトラという和製英語・和製略語が題されているところからも、そのスタイルの源流が日本にあることがわかる。

 

アメトラは、アメリカントラディショナルの略で、日本から生まれた表現でもある。

アイビールックなど、主に東海岸で人気となった、アメリカの伝統的なスタイルを指す。ブリティッシュトラディショナルと対比されることが多い。

アメトラ : American Traditional 意味・用語解説 - ファッションプレス

 

そもそものアメトラは、ボタンダウンシャツや紺ブレザーなどのアイテムに代表される「伝統的なアメリカのスタイル」を指す。

このアメトラをどうやら日本が救っていたらしいというのが本書の概要だ。

日本が救ったアメトラ | GQ JAPAN

アメリカン・トラディショナル - Wikipedia

 

   

 

ファッションは反社会的だった

日本のメンズファッションの源流は1960年代にある。

ファッションブランドVANは日本人男性に「着飾る」というスタイルを提案し、男性の服装に自由をもたらした。

そのムーブメントの象徴が、銀座みゆき通りに集まる”みゆき族”だ。

 

みゆき族については以下のリンクが参考になるので参照して欲しい。

日本流オシャレのすべては1964年の銀座で始まった | GQ JAPAN

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”みゆき族”は今で言うジャケパン、スーツスタイルの上品な装いだったのに、銀座にたむろすることが問題視され、摘発された。

問題の根幹は服装そのものではない。

彼らが未成年であり、当時は学生服以外に洋服を着ることが認められない風潮だったからだ。

 

このように日本においては、規定されていることに反発するためにファッションは日々改良されてきた

それは反社会的な勢力に顕著だった。

ロカビリーファッションでありヒッピーであり特攻服であり改造学生服でありギャルのスタイルでありストリートスタイルだ。

何を着ているかは問題ではなく、誰と違うかが問題だったのだ。

 

しかし今現在、そういった風潮...明らかに大多数とは違う恰好で、反社会的な活動に勤しんでいる人を全くと行っていいほどみかけない。

強いて言えば一部のユーチューバーなどにそういう傾向が見られる。

しかし彼らにとって重要なのは胸から上、画面に映る部分なので、稼いでいる有名ユーチューバーであっても髪の色が奇抜なぐらいで、足元はクロックスだったりする。

 

今現在、”誰もしていないクールなスタイル”というものはほとんど消えてしまった。

ネットで元ネタを探して誰もがすぐ真似できるからだ。

だからトレンドまでに成長する”タメ”がなく、ごく短いサイクルで終了してしまう。

これをデーヴィッド氏は「トレンドのスピードが遅くなった」「文化はかなり保守的になった」と表現している。

W. デーヴィッド・ マークスと朝食を | SSENSE 日本

ファッションジャーナリスト W. David Marx (デーヴィッド・マークス) インタビュー

 

 

日本人にとってのジーンズ

「第4章:ジーンズ革命」と「第9章:ビンテージとレプリカ」には触れざるを得ない。なぜならそういうブログだからだ。

 

...とはいえ、多くの人にとってジーンズはユニクロやセールでテキトーに買うものである。

下着で外に出る訳にはいかないから仕方なく着用しているものだと思う。

セルビッジがどうだとか、縫い代がどうだとか、色落ちがどうだということにこだわっている人は限りなく少ないだろう。

 

アメトラで取り上げられている動き...ビッグジョンの成功やヴィンテージ501の熱狂、オオサカ・ファイブの勃興などは日本の産業を語る上で絶対に知っておいたほうがいいストーリーだと思う。

外国産のものを国内でコピーし、それが本家に引けを取らない人気を誇り、そして逆輸入されていくというのはアジアの産業形態のリードモデルではないか。

本書の言葉を借りれば、”刷新に向けて丸写しする”ということだ。

 

そうした文化的魅力も含め、ある種工芸品のような生産体形が取られているハイクオリティな衣服として、ジャパンデニムはその位置を固めている。

 

www.sfg.blue

 

 

日本がアメリカンスタイルを救った物語はジャパニーズスタイルを救うのか

ファッションを通して見た戦後日本史というような側面がある本書では、様々なスタイルが日本においてどのようにして生まれ、流行し、定着していったかが書かれている。

また、日本における洋服の祖である石津謙介は、晩年にユニクロを訪れ「本当は俺、あれをやりたかった」とこぼした、とある。

石津がVANを広めるまで、日本人のワードローブには何パターンかの国民服しかなかった。その後様々なスタイルが分野を問わず提案され、ユニクロがそれを網羅・収束し、日本人のワードローブは今ふたたび数パターンの国民服に戻りつつある

 

流行のサイクルは20年と言われている。

20年前のものが現代にも通じているという感覚は確かにある。

しかしそのサイクルとちがうスパン、日本に洋服が広まった1960年から、洋服が国民服になる2020年かそれよりもっと先までの60年から80年ほどの遅いサイクルが別の軸であると俺は考える。

人々の服装がバリエーション豊かになるか、無個性で画一的になるかのサイクルだ。

 

1950年台当時の”仕立て屋”のような小規模なブランドも、ネットを利用することで露出が増えている。

ほぼ個人で企画から製造、販売までを行うことが可能となったのだ。

その一方で圧倒的な影響力を持つ国民服。一部の上流階級以外は国民服を着ることを余儀なくされる。

1950年台当時は政府の圧力によって普及されていたが、今ではみんな”自主的に””かしこく”ユニクロを選択している。

ことファッションにおいて、街には一部の圧倒的な個性と、大多数の凡庸な無個性に分割されてしまうのだ。

 

ファッション業界の経済効果が収縮しているあたり、画一化は無慈悲に進むだろう。その後のビジョンの教科書として、本書が重宝される日はそう遠くないと思う。

 

 

 

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