無塩せきガソリン

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京都

先日とある用事で京都に出向いた。そこに集まるのはほとんど顔も名も知らない人たち。会社員、社畜、パパ、旅人、バンドマン、社長、医者、8億円の資産保持者などレイヤーも様々だった。結構な大所帯だったが周りからは会社の飲み会とでも思われていただろうか。

 

俺が京都に抱いている印象。あらゆる者をおいでやすと迎え入れ、長く定住すればするほどたくさんの権利を持つことができる。ただ、そのへんの旅行者には誰も関心を向けないし、良くて金ヅル、悪ければ村八分。定住者はどのような流れ者に対してもニコニコと変わらない態度でテキパキと処理していく。流れ者の多くはそのことに気づかず、すぐにまた流れていく。

その中で、流れ者たちが増えていくと力関係が偏り始める。逆転とまではいかないけど、流れ者でもストリートで騒いだり、店や居を構えることができるようにはなる。しかし、古くからの定住者は流れ者には見えないようなあらゆる権利を内包しており、それは現代の通貨のようにわかりやすいものでなく、「そこにあるなにか」を少人数で独占することができる。この権利は独占することで非常に強力な威力を発揮する。

目立ったり居を構えたところで、先行者の「そこにあるなにか」のような見えない権利を得られるわけではない。流れ者は流れ者なりに自分の立場をわきまえ、長い定住者に目をつけられないように慎ましく出来るだけのことをやるのが最良の手段だと考える。するとたまに「そこにあるなにか」が転がってくる時がある。

 

基本的に先行者がコミュニティを形成している場合、流れ者はその言語を使用することが望ましい。ここでいう言語とは日本語や関西弁や京都弁ということではなく、しきたりや生活様式、人格構成のありかたなどだ。別に予め決められた言語を使用しないからと言ってはじき出されたりはしないだろうが、先行者に取り入ることを目的とするならば労力に対する恩恵が大きい。要は言語の習得はコスパがいい。学校でも会社でも独自に形成された言語を使用していれば、仲間だと認識されやすいところがあるだろう。

それができない人間は一定数いる。自分の大切にしている、そしてそれは大方つまらなくてちっぽけでしょーもない事柄なんだけど、それを曲げてまで参入していきたいとは思わなかったり、それを曲げること自体に妙な嫌悪を持ってしまったりする。

 

流行りモノというのは一つの言語で、これを忠実に再現していれば多くの人にとってわかりやすい言語となる。これを使いこなせる人は強い。どこに行っても言語をつぶさに読み取り、自分の言葉を変換できる。あらゆる信頼や権利を獲得していくだろう。

これができない人は妙にとっつきにくいところがあったり、周囲を敵視しているようにとられて仲間だという認識はそうそうされないだろう。空気を読めという言葉に集約されるように、コミュニティ先行の行動を求められてなお従わない変わり者は、害悪か邪魔でしかない。

 

あともう一つ。定住者は流れ者に対して決して施しを恵んだりはしない。これは考えてみれば当たり前で、基本誰もが流れ者の立場から努力してその場所を築いたのだろう。もう様々な権利を手にした定住者が流れ者を適当に見繕ってヨイショと引き上げてやるというのは、将来に見込みのある優秀な部下か、自分の欲求を満たす相手以外に対して行うのは一ミリもメリットがない無駄でしかない行為だ。

友人に社長の息子がいるが、彼はこの教えを徹底しており、幼少時からあらゆる経費削減に勤しんでいた。少ない支出で最大の利益を得る、要はコスパが重要ということだ。

一方でこの施しをあらゆる層から欲しいままにできる人もいる。つい人が手を貸してあげたくなる、助けてあげたくなるような資質があり、本人もそれに自覚的で、何かを貰うことに一切の躊躇がない。ある種の才能だしそれは簡単に真似できるものでもないのだろう。

 

 

 

こういう大きな流れの中で意味のわからないこと、言語で理解されないこと、コスパがめちゃくちゃ悪いことを淡々とこなしていくのに何の意味があるだろうか。きっとそれは利益を生むわけでもなければ、「なにか」が得られるわけでもないだろう。せいぜいくたびれ儲けが関の山だ。

俺は言語を操ってコミュニティに取り入ることも苦手だし、流行りモノを上手に使うこともできないし、施しを恵んでもらう将来性も価値もない。誰にも望まれていないことを思うようにやっていくだけだ。流れ者なりにな。

それは結果のためじゃなくて過程のためにやっていることだ。俺はブログを書くためにブログを書いている。そしてそれは大なり小なり誰しもがやってきたことだとも思う。

 

少なくともその片鱗や、同じような境遇が存在するということが、今回の京都の会合で知ることができた。

そういう象徴的な京都の出来事だった。