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スニーカーに関する話

 

おぎやはぎってラジオで昔「靴紐こだわってるやつはダサい」とか言ってたよね?

2,3年前、メガネびいきで「靴紐を左右で変えてるやつとか、変な通し方してるやつとかダッサいよねぇ」みたいな会話をしていたことを憶えている。たしか木村カエラに言及してたような...きっと検索すればセカスウみたいなラジオを書き起こしてるアフィカスサイト出てくるだろうから気になる人は調べてくれ。俺は嫌いだから見たくもない。ラジオの話なんて言質取ってソース示して議論したり論破したりするもんじゃねえんだよ。

おっと、横道に逸れちまったかな。ともかく、おぎやはぎの言うことには概ね同意だ。まともな感性の大多数にとって、素人のオリジナリティなんて「イタタタ...」って感じで見てられない。だからダメージジーンズとかも、流行ってる加工(今なら破く面積大きくしてベロリンチョって感じ)以外は多分「イタタタ...」って思われてるぞ。それでも職人がツギハギした一部のダメージ・リペア風加工のものは迫力があったりするから不思議だ。こういう本職のオリジナリティはまともな感性の大多数が見てもすごいな、きれいだなとか思う。普通に履いててついてしまったダメージや不意に開いてしまった穴も、同じく価値がある。その人が穿いたというアウラがあるからだ。アウラに関しては以下のリンクを参考にして欲しい。

cte26533.hatenablog.com

しかし、低価格・知名度低目のブランドが「流行りだしダメージでも入れとくか。目立つし」くらいで加工しちゃったり、ましてや素人がカッターやヤスリを駆使してオリジナリティを炸裂させてしまおうものなら「イタタタ…」は避けられないのだ。同様に、靴紐も普通の通し方・結び方が一番見慣れているし、無難だ。靴紐で遊んでいいのは一部のプロフェッショナルかファッションリーダーくらいだ。カニエみたいな。そのファッションリーダーの木村カエラですらおぎやはぎからしたらダサく映るわけで、そんなんだったら工夫してオシャレ感なんか演出するより、気にすんなってことだ。

 

ハイカットとかブーツは靴で家に上がる文化圏のものだ

高校生の頃にコンバースオールスターのハイカットを履いていた。「なんか店の前の方にあるし、変じゃないだろう。たまにオシャレな人でも履いてる人みかけるし」くらいの気持ちで買った。当時田舎丸出しクソダサ坊主だった俺の浅はかな考えは登校初日で間違いだと気付く。ハイカットのスニーカーは上履きに履き替える時にイチイチ靴紐をほどいて紐を緩めないと脱げなかったのだ。何人かいた友人も同じく田舎クソダサ坊主だったが、ローカットのスニーカーをサッと履いてサッと行こうとするので、ハイカットのスニーカーが一日で嫌になってしまった。

 

あれ?じゃあなんか黄色いケバケバしたゴツい靴(ティンバーのブーツを当時知らなかった)履いてる人たちはどうしているんだろう」と思いよくよく観察してみると、彼らはそもそも靴紐をダルンダルンに結び、フィットしないブーツを盛大にアスファルトにこすりつけながらガッポガッポと登校していたのだ。俺は「オシャレって大変なんだなあ。俺みたいなクソダサはコンバースなんか買うべきじゃなかったな」とか頓珍漢なことを思いながら、コンバースを数ヶ月履いた。

 

都会モンよ、これが田舎の高校生だ。

 

そういうファッションアイテムとしての見た目とか、フィット感を重要視している靴は、やっぱりしっかり結んでこそ真価を発揮するというものだ。それは靴で家に上がる文化圏では何の問題もないだろう。靴を脱ぐのなんてシャワーを浴びる前だけなんだから。

しかし日本でそれをやろうとすると、朝家を出る時に履いて、会社でスリッパに履き変えるから抜いで、ランチに行く時に履いて、オフィスに戻って抜いで、外回りに行くのに履いて、帰社して抜いで、退社するのに履いて、居酒屋で抜いで、居酒屋から抜け出すのに履いて、バーで狙ってる子と足を絡めるために抜いで、トイレにいくために履いて、彼女の家に上がるのに抜いで、コンドームを買いに行くのに履いて、戻って脱ぎ捨てて...って一日何回履いたり抜いだりしなきゃいけないんだという事態だ。

まあボタンフライと同様、慣れないとすごく億劫だけど慣れたら秒でできるようになるから、ここは「めんどくさい」と「履きたい」の天秤がどちらに触れるかということになるね。

 

そういうめんどくさかったり、地域や気候に全くそぐわないけど妙に惹かれて違和感を我慢しつつ使ってしまうというアイテム、俺にとってはジーンズなんだけど、そういう拘束着ライクなものは結構人生を豊かにすると俺は思うので大事にしていこうぜ。

 

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