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昼顔...映画・ドラマを一息に見たぞ


昼顔 - 映画・映像|東宝WEB SITE

 

数年前に不倫のドラマが盛り上がっていて若い女性から妙齢の奥様までテレビにかじりつけだったらしいということは聞いたことがあった。

不倫に関しては「人妻をいっぺん抱いてみたい!」以外に特に思うところがないので、奥様向けメロドラマなんて見てもしょうがねえだろという気持ちだった。

ドラマ本編も見てないし、映画から見ても分かるの?とも思っていた。

が、正直ぶっ飛ばされた。

これはメロドラマなんかじゃない。

上質なサイコスリラーサスペンスだ!

 

 

映画の感想です

昼顔 : 作品情報 - 映画.com

前半は日本の悪しきドラマ伝統をなぞり書きしているようなしんどい映像を見せられる感じだった。

タルい演出、これでもかと丁寧に説明してくれる人間関係。役者単体のサービスショット。

はー結局ドラマを見てた人へのご褒美おまけ総集編ムービーね。寝よ寝よ。

...と、思っていたが、これが後半の展開、そして映画の本質を暗示する伏線に富んだ最高の映像演出だったのだ!

 

しかし残念ながら映像・演出がタルかったのは本当だ。以下は見ていて「どうなの?」と思ったところだ。 

・日本のドラマにありがちなオシャレ雑貨をいっぱい置いておけばオシャレだろ的発想のオシャレという設定のダサい店

・ストレスを貯めるだけのすれ違い演出

・あんなスケベなポスターのくせして清い交際でっせ感

・「木よう」「3じ」お前らもうこの時点で結構な数で密会してるだろ時系列をちゃんとしてくれ

・あんなスケベなポスターのくせしてベッドシーンが淡白

・あんなスケベなポスターのくせして上戸彩の肌の露出が少ない!!少ない!!!!!乳首くらいだしてもいいんじゃない!!!!??????なんのために金払ったと思ってるんだ!!!!!!

・上戸彩のおっぱいがボインボイン弾んでいたのはすごく良かったです。ありがとう。

 

しかし前半のどうしようもない映像にも実は丁寧に伏線が張られていたわけよ。

しかもその伏線も「実は私が父さんなんだ」「嘘だー」みたいなわかりやすいものではなく、カメラワークと画作りで映画の行き先を暗示するという手法だ。

意識していなくても強制的に乗せられているジェットコースターだったのだ。

 

上戸彩が最初に自然公園の川に着くシーン。

上戸彩は不安そうに様子をうかがいながら土手から小川へとおりていく。それを安定しないカメラが後ろから追う。怯えながら何かを探す被写体に、見つからないように近づいていくカメラ、というのは典型的なホラーの手法だ。いわゆる「犯人の視点」だけど、このカメラワークだけで反射的に不安を感じてしまう。十三日の金曜日でも、エルム街の悪夢でも、日本に数多あるホラー映画でも、この手法は必ず出てくる。

 

続いて上戸彩は百葉箱を見つける。自然が生い茂る中で朽ちている人工物というのも恐怖感を煽るザワザワした演出だ。元来自然が豊かな日本では朽ちた建造物は植物に覆われてしまう。しかしこれはワールドスタンダードではなくて、水に沈んでしまうとか、砂に埋もれてしまうとか、ガラスが割られて落書きだらけになるとか、様々なパターンがある。朽ちた人工物の表現の仕方は幾通りもあり、日本人を不安にさせるために最も効果的なのが植物に覆われてしまう、というものだ。

 

また、その百葉箱を含めて背の高い草が生い茂る様子は、「どこに何が隠れていてもおかしくない」という不安を視聴者に想起させる。この「何かいる感」こそ恐怖の真髄であり、実際に何もいなくてもそういう演出をされるとずっと恐怖感が胸のうちに残る。なにか良くないことが起きるはずだと思ってしまう。

 

そして百葉箱自体だが、「箱」については日本古来のお約束でいうと、バッと開いて「異なる者」が出てしまう...というのが相場だろう。箱を開けるというのはなにかが起きる象徴だ。それが罪悪感のあることを自ら行うという儀式的な表現として使われた。開いたり閉じたりするのは儀式的な行為なのだ。

 

昼顔では、こうした人間に根づく恐怖を呼び起こす演出が各所で使用されている。そうした演出によって視聴者は知らず知らずのうちにサイコスリラージェットコースターに乗せられてしまうのだ。

 

後半のホラー・パニック演出

後半はこれでもかと

「えっ?ここで死ぬの?...あー大丈夫だった」

という緊張と緩和の畳み掛けだ。

 

だれかが刃物を握るたびに「あ、刺されるのかな?どっちかな?ヤバそうだな?あー、大丈夫なのか…」

熱湯を手にするたびに「あ、かけられるのかな?大丈夫かな?おいおいそんな不用心だと殺されるよ!逃げてー!!あ、大丈夫だったか...」

何かを食べるたびに「おーい!!!!おいおいおーい!!!その食べようとしてるの!絶対毒だから!!!口に含むなよ!!!!絶対含むなよ!!!!!!あ、大丈夫なんだ...」

と、不安と安堵を乱暴に往復し心身を消耗させられたあとに、ある人が死亡フラグを高々とおっ立てて、その場からいなくなるのだ。

ストーリーの運び方が伝統的なホラー映画そのものなのだ。

 

この映画の構造基盤

そもそもこの映画は斎藤工が不在の時の上戸彩の様子こそが見せ場ではないか。

序盤の一人で脱力している時みたいな、斎藤工がいない時の上戸彩のほうが「なみなみならぬ事情を抱えている人」として映えていたけど、途中で斎藤工と再開してからは「なんかたまに気違う美人」くらいになってしまって映像の魅力としてはイマイチだ。

 

この映画はホラー映画のようにその場にはいないモノ・ヒトをまるで隣りにいるかのように感じることを楽しむ映画なのだと思う。

そしてそれは人の罪で作られた畏怖すべき存在であり、決して幽霊とかオバケではない地に足の着いた感情として描かれている。

この映画がホラーではなくてサスペンスなのはそのせいだ。

 

そもそもセックスが原因で良くないことが起きるというのは民族学的によくある話で、プリミティブな感情を刺激する全世界共通のエンタメなのだ。

 

後日譚:ドラマも見ました 

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映画版が斎藤工・上戸彩をメインに据え、”世間の中で許されざる関係を続けていく二人”を描いているのに対して、ドラマ版ではカメラは一歩引き、”不倫をしている人たちの人間関係”としてドラマが進んでいた。

 

女性には分かるが男性にはわからない話

一旦関係ない話するけど、俺、少女漫画とかほぼ読めないのね。

読めないっていうのは途中で何を言っているのかわからなくなったり、この話の終着点って一体どこ?みたいな感じになっちゃってその物語に対する関心がなくなってしまってこんなことしてても時間の無駄だから他のことしよう、という気持ちになるのだ。

同じ感じで『源氏物語』(ちゃんと現代語訳された割りと易しいやつ)も全然読めなかった。

これ、要は一部の女性向けの物語でよく主題として取り上げられる”人間関係ドラマ”について、俺は一ミリも興味がないということなのか...?と思っている。

 

昼顔は女性版『課長島耕作』だ 

 

昼顔ドラマ版もまさにそんな感じで、不倫を軸にしているけど、基本的には人間関係ドラマがメインのストーリーだった。

上戸彩と斎藤工の奥さん、実は知り合いでしたとか、加藤諒と吉瀬美智子の旦那が一緒に仕事してますとか、恋愛関係のなかでマウンティングが行われ、相手を出し抜いている感じとか。

 

しかしドラマ昼顔は最後まで見た。見れた。おもしろかった。特に好きな部類ではないけど。

それはやっぱり加藤諒と吉瀬美智子を中心としたオトナな関係があったからだろう。

ああいう話で筆頭に上がるのは言わずもがな課長島耕作シリーズだ。

不倫・仕事・家庭が絡む話って、オッサンも好きなのだ

 

だから上戸彩と斎藤工の絡みは正直退屈だったんだけど、興味の持続という点で交互にパッパとカットが変わり、それで物語の加速感を演出するので、飽きて嫌になっちゃうということがなかったのかもしれない。

 

昼顔は日本版『ブレイキング・バッド』だ

ムチャクチャなこと言うけど、ブレイキングバッドに似てるよね。

普通の一般人が、悪事に手を染め、周囲の人間にバレないように出し抜いて、徐々に破滅していく的な展開とか、リアルなあるある小道具・描写とか、服装や色なんかが今後の展開を示唆するところとか。

似てない?そうでもない?

 

上でも書いたけど、基本的に日本のドラマってどうも見れないんだよね。

妙な演技感とか退屈なカメラワーク・カットワーク・画作りとかお約束な展開とか、我慢して見ることができないんだよね。

 

でも海外ドラマとか昼顔は、俺みたいな面倒な客にも丁寧に配慮され、最初から最後まで興味を持続できるドラマを展開してくれていた。

 

 

ちなみにドラマはFODプレミアムで全話見れる。

1ヶ月は無料お試し期間なので、昼顔だけ一気見して解約というのも手だ。

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